【鴨居先生との出会い】
「リレーション:継がれるもの ─ 語りえぬもの」(武蔵野美術大学・美術館)において、
鴨居先生の作品と一緒に、私の作品を展示させていただきました。
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(↓)鴨居先生との出会いについて、展覧会の図録に寄せた文章です。
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 鴨居玲という画家に出会ったのは二十代前半の頃である。その日は、出品していた二紀会展の初日で懇親会があったのだが、私は手元不如意と人見知りの激しい性格とで、先輩方のお誘いを断り、帰宅することにした。雨の中を一人、会場である東京都美術館から上野駅へ歩いていると、傘越しに懇親会へ向かう二紀の方々が数名前を歩いているのに気づいた。私は傘で顔を隠しながら追い越そうと足を速めると、「あれ、遠藤さんだよね?懇親会に行かなの?」と小西保文先生と鴨居玲先生に声を掛けられた。私は、二紀に入って間もないし、素通りしても気づかれないだろうと思っていたのだ。
 私は戸惑いながらも正直に、懇親会に行けぬその旨を伝えると、共に笑いながら、「若者が集まらない懇親会など行ったって面白くない。安い赤提灯で飲もうよ。」と言って、予定を変更し、私を居酒屋に連れていってくださった。
 飲みながら鴨居先生は色々な話をされた。
「普通の人から見たら、絵描きという特別な存在に思われるかもしれないが、絵描きだろうと、なんだろうと、人間が群れをなした途端にそれぞれがつまらん役割を演じ出すんだ。だから本気で絵描きになりたいんだったら、小さな枠に囚われずに、広く社会と関わっていかなければならないよ。」
 そう言って、黒っぽい本を取り出して、一節を朗読された。
「どんなに意地をはっても、人はたった独りでは生きてゆけない。だが人の夢や志は、誰に見がわりしてもらうわけにもいかない。他者とともに営む生活と孤立無援の思惟との交差の仕方、定め方、それが思想というものの原点である。さて歩まねばならぬ。」(高橋和巳「孤立無援の思想」の一節)
 とにかく格好良かった。そして、会の中に芸術に対して真摯に取り組む人たちがいたことが嬉しかった。その後、思想、哲学、宗教など、芸術を取り巻くあまたのことが論議された。もちろん、話題は徐々に芸術から遠ざかってゆく。
 鴨居氏は、酔いに任せて、日本の女性が好きではないという話から、
「女の人が失恋すると髪を切るでしょ?あれって過去を断ち切るために人間が本能でやってる行為だと思うんだよね。つまり過去の記憶や思想、念みたいなものは、脳じゃなくって、髪にまとわりついているんじゃないかな。軍人さんって基本的に坊主だよね?軍人さんが故郷の恋人のことなんか思い出してたら、戦場になんて行けないと思うんだよね。だから彼らは無理矢理坊主にさせられてるんだ。」とおかしみのある説まで唱えだした。
「幽霊の髪が長いのは念が強いからだと思う。ショートカットの幽霊なんて見たことないもの。遠藤さんの絵には、女性では珍しく迫力がある。ただ、その迫力に、もうちょっと情念のようなものがあると良い。この説が正しければ、髪を伸ばすともっと良い絵が描けるはずだ」と言って、そこにいる皆を笑わせた。
 この日は、とても楽しい一夜を過ごした。
 それから数年間、鴨居先生とお会いすることはなかったのだが、その夜のひとときは、しばらくの間、私の中に住み続けた。
 やがて、私はその方法論を取り入れ、髪を長く伸ばし始めた。情念を加えた良き絵の表出のために。

 
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